ココロビト

~明日使えるかもしれない心理学を気ままに発信~

モノが溢れた暮らしも案外悪くないのかもしれない

Blue Fabric 3-seat Sofa

数年前に断捨離ブームが起きたとき、実家でも家族全員で協力して「大掃除大作戦を決行しよう!」ということになった。

 

いらないものを捨てて必要最小限のものしか置かない。


見事に実家はモデルルームのように生まれ変わった。(貧乏暮らしの狭い団地でしたが...)

その時の解放感というか、心がスッキリしたようなあの感覚はいまでも鮮明に覚えている。

 

この感覚を是非味わってほしいとおもい、母方の祖母の家も片付けてあげようということになった。

 

おばあちゃんの家は物が溢れていたので、かなり片付けがいがあった。

 

もちろん本人に確認を取りながら、いらない物だけを処分していったのだが、なぜかおばあちゃんはあまり乗り気ではなかった。


片付けを終えると、笑顔でとても感謝してくれたが、時折見せる表情は寂しそうな顔をしているような気もした。

 

「どうしたの?」と聞けば「なんでもないよ」で済んでしまうようなそのくらいの違和感ではあったがやっぱりいつもよりは少し寂しそうだった。

 

たくさんの物に囲まれた暮らしの中で

 

そして、私は今、仕事の関係でご高齢者の家を訪問することが多くある。


その日は85歳で一人暮らしをしているおじいさんの家を訪ねた。


おじいさんの家は見渡す限り物が溢れていていた。


おじいさんは一人暮らしで、杖がなければ移動もあぶない。


きっと片付けるエネルギーがないのだろうとおもい私はおじいさんにこういった。

 

「もしよければ片付けの作業を手伝いましょうか?」


おじいさんは優しい口調で微笑みながら「大丈夫だよ。」と一言だけ返してくれた。

 

きっと業務の範囲外のことだから、気を遣っているのだろうとおもった私は「一人では大変でしょう?遠慮しないでいいですよ。」とさらに返した。

 

おじいさんはそれでも同じように「大丈夫だよ、ありがとう」とだけ答えた。

あまりしつこくするのも親切の押し売りみたいになってしまうので、それ以上は聞かないようにした。

 

その日はそれで終わったのだが、また別の日に同じ家を訪ねることがあった。

 

仕事を終えて帰ろうとした私をおじいさんが引き止めた。


「時間はあるかい?」

 

「お茶でも飲んでいきなさい。」


その後、特に予定もなかった私は少しだけお邪魔することにした。

 

洋室の小さなイスに腰掛けた私におじいさんは優しくのんびりと問いかけた。

「君には僕の部屋が散らかって見えるかい?」


改めて周りを見渡してみた。


買い置きされたお水のケースと積み上げられた食料品。
本棚にはたくさんの本が並んでいて、クローゼットには一人暮らしとはおもえない程の衣類がかかっている。

 

しかしよく見ると全て決められた場所に置いてあり、ちゃんと整理されている。
物はたくさんあるが、決して無造作に散らかっているわけではなかった。

 

「いいえ。」と答えた私におじいさんは、またいつもの優しいのんびりとした口調で話し始めた。

 

「僕は戦時中に生まれたんだ。食べるものもそうだが、あの頃は道具や物がなかなか手に入らない時代でね....」

 

「お菓子の空箱ひとつでも、なにかの役に立つかもしれない。捨ててしまえば次に手に入る保証はどこにもない。」


「そんなことを考えてしまうとなかなか捨てられなくてね。貧乏性なことはわかっているんだが仕方がないね。」

 

「スッキリしたお家もいいが、僕は物に囲まれてる方が安心するみたいだ。」

 

笑いながら喋っている姿を見ながら、私はあの時のおばあちゃんの姿を思い出した。

おばあちゃんの家にもたくさん物が溢れている。
そしておばあちゃんも戦争を経験した世代であり、当時の生活は私が想像もつかないくらい大変だったのだろうとおもう。

 

あの頃どう思っていたかを聞いたところで、「覚えてないよ。」といわれるのがオチだが、もしかしたらこのおじいちゃんと同じ気持ちだったのかもしれない。

 

なぜなら片づけをした2ヶ月後には、おばあちゃんの家は元通り物が溢れ返っていたのだから。

 

私のおばあちゃんも溜め込むのが好きなわけではないが、多分捨てられない人間なんだろうとおもった。

 

価値観は人それぞれ違うんだから

Nature, Friends, Dog, Pet, Woman Suit

 

私は断捨離をとても肯定的に捉えている人間である為、どこかで物が溢れている人達を否定的に捉えていたのかもしれない。

 

『メリットばかりに目をむけて、対極にあるものを否定する。』

嫌いな人間のタイプだなとおもっていたけど、自分自身が客観視点を実践できていませんでした。

 

もちろんニュースで話題になるようなゴミ屋敷なんかは、周りの人に迷惑をかけているので、それを肯定するのは難しい。

 

自由な考えは人間の権利だが、それは相手の自由を邪魔しない範囲での話だ。

 

すごーく当たり前のことですが、いろんな人の考えがあっていい。


価値観はきっとそれぞれなんだから他人に押し付けてはいけない。

モノが溢れていようがいまいが、幸せに暮らしていけるかどうかなんてその人自身の問題。

 

単純で当たり前だけど、大切なことに気づかせてくれる日常に感謝しながら書いてみました。